ふんいき
終始雰囲気のみで作品といってるようなものがある。
たとえば 漫画のなかで感動の漫画を描いてるというストーリーの漫画や
漫画の中で 感動の音だ!って感動を描いてる音楽ものストーリーだとか
どれも情報教材の詐欺広告みたいに 最後までその本筋は描かないし
説明もしない。 ただ 漫画のなかで 受け手側が勝手に感動してるだけだ
それはどういうことかというと 漫画やお話の中に サクラがいる。
お話で感動をつくれないから 感動してるサクラを導入して
見る側の共感力をさそって なにもないところに感動を生み出そうとしてる
共感力強い人は 漫画の中の登場人物だろうと それがドキドキしてれば
いっしょにどきどきはらはらできる。 もともとの素養だ
雰囲気にのまれやすいという人
それを作品の力ではなく 心理操作懐柔を 登場人物の演技で絡めとるという作戦
物語の出来不出来じゃなく おしばいの俳優の演技力のみでひきづりこむおしばいの世界
そして料理漫画は とにかくうまそうに食べるシーンが描けてなんぼだとおもうが
女性キャラの場合 美味しそうに色気を織り交ぜて組み立てるという下種な手法が
おおい。 たべものをたべものとしておいしく描いてるのは 土山しげるの漫画だけだ
かつどんを食わせるのをおいしく描く1番の漫画家な気がする
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