げんご


幼児の頃 まだボキャブラリーが少なすぎて 手っ取り早く絵で説明するという手段が

上手くいき、それで絵をかくことが コミュニケーションの有力な手になった。

ということで 絵を描く事を 便利と思いより明確に的確に描くことに気をいれるって

ことをしだしたひとは 自分だけじゃなく いっぱいいるだろう。


そして じょじょに言葉で説明できるようになって 絵を手放すって人もいるだろうけど

言葉で伝えきれないニュアンスを説明するのに やはり絵でしか説明できない事は多々あって


そうなると そこまでしなきゃいけない説明を 多くの人がはしょってる事に気づく。


結局だれもそこまでの理解を求めてるわけじゃないと感じると

より多くを理解させてあげることが過剰ととられるし めんどくさがられるので

また その細かい領域まで伝えるための絵をかく作業は 必然的に終了となる。


で、説明する気もないのに ひたすらへんちくりんな絵を描いてる大人がいる

さかのぼって幼児期を想像しても だいたいそのまんまな様子しか思い浮かべれない。

説明する気もないし コミュニケーションの手段でもないので各段に観察力もないので

画力も幼稚なまま。


たしかに すきに描くというのは すてきなことかもしれないが 人に見せるという事をするなら

それもエンターティメントであり なんらかの感情をわきおこさせるものじゃないと

ただの 生ごみみたいなものを みせつけられてるようなものとなってしまう。


ああ、このひと なんもないな。 なんかあるようなかおして ほんとなんもないんだ。。。


って作品で個展やってる画像を うっかりみちゃった。

Shilfee fullfull finch

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