そうそういない


歌の表現を古典芸能で言い表すとしたら

声帯による空気の舞のようなもの。

美しく舞うために必要なのは 軌道の正確な反復

めちゃくちゃに動けば美しくないというのと同じ

修練による安定した軌道が 創作としての安定感をうむ


そこに感情を伝え 光景情景をとばすには 自分をハブ中継点にしつつ

イメージ情報の増幅力となりうる資質が不可欠で、より同時に多方向に

伝達させる力があるほど 波及力があがりコマーシャル性に富む


良いボーカリストがなかなか 世に見つからないのはそんなところ。

楽器プレイヤー以上の要求をみな ふんわりしていて それに応えるべくしての

自己診断もできていないゆえ あさってほうこうの努力をして 苦しむのだ。


なのでせめて センターはれる見栄えルックスで分かりやすく華となる人材を探す。

一番わかりやすく宣伝広告力を イケメンだかわいこちゃんだってのは 歌の聞こえない

紙媒体で効力を発揮する。


でもほんと まさに絵にかいた餅みたいなもので 作品物としての歌としてとらえると

味が全くないので あざといまでの戦略的な歌詞言葉をプロのライターに頼んで作ってもらうのが ポップアイドルの世界


そうじゃないと あまりにもふわっとした やさしさめいた言葉や うわっつらの美的退廃感でつらつらつらねる歌があふれることになる。

美しさのイメージが単一的で陳腐なせい。 美を見出す力もアート力が必要で

悲しさや怒りを伝えるのを エモーショナル 衝動的な演技で無理やり伝えようとするのは

おもしろくないお笑い番組ではいる サクラエキストラの笑い声みたいなもので

さあ!ここでわらってくださいよ!という 指示でしかなく とってもこださい。


つたわる感情は じわじわと いつか数年後やっと感じたくらいが その表現力の本当だとおもうのだ。

まあそんなところを意識してたら ポップとして時代にねじれこめないけど

Shilfee fullfull finch

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